履修不足・必修逃れ問題について

 

■ 問題発生から拡大までの経緯

2006年
10月24日 富山県の公立高校で、必修科目である世界史の履修不足が発覚。教育委員会が補習実施を要請。
10月25日 岩手県の公立高校2校でも、同様の履修不足。学校側は、補習をすると発表。
10月25日 急きょ、岩手県教育委員会が県内の公立高校を調査。30校で履修不足。
10月25日 青森、岩手、山形、福島、石川、福井、愛媛、広島、栃木でも発覚。10県65校1万2千人に影響。
10月26日 計18道県98校で履修不足
10月26日 伊吹文明文部科学相、都道府県教育委員会の責任を問う発言。各校への適切な指導を求める。
10月27日 伊吹文明文部科学相、必修科目の授業実施を各都道府県へ通知。
10月28日 政府が高校生救済措置の検討を開始。文部科学省も方針転換。
10月29日 伊吹文明文部科学相、救済措置を今週中に発表する考え。
10月29日 文部科学省、全国の私立高1325校で必修逃れの調査開始。
10月30日 国立大付属校での履修不足は皆無。
10月30日 全国32都道県の公立289校(公立全体の7.1%)で履修不足。4万7094人が履修漏れ。
10月30日 一部高校で補習開始。高3生が学校を告発。茨城の高校長必修逃れを苦に自殺。
10月30日 安倍晋三首相、公平性の配慮を指示。塩崎恭久官房長官、未履修卒業生の扱い検討。
10月31日 神戸市の私立灘高校で高3生全員200人以上の履修漏れ発覚。
10月31日 政府、補習の上限を70コマとする方針。既卒者は不問。(1コマは50分授業)
 

(10月30日時点の文部科学省公式発表より作成)

2006年
11月1日 政府、補習の上限を70コマから50コマへ緩和。
11月1日 文部科学省、履修漏れ問題の調査結果を衆院教育基本法特別委員会理事会に報告。
       ・公立4045校中314校、私立1346校中226校で発覚。
       ・全高校3年生中、公立で5万827人、私立で3万2916人が履修不足。
11月2日 文部科学省、救済策を決定。
       ・70コマまでは放課後、冬期休業、春期休業で補習実施
       ・70コマを越える分はレポート提出もしくは授業免除
       ・校長の権限で補習コマ数を50まで短縮可
       ・卒業者の卒業認定は取り消さない

 

■ 教育現場からの率直な意見

中高生・高卒生
公立高校 私立高校
富山のニュースなんですが、こういうのは
やっぱりヤバいですよね(汗)本当に受験生が可愛そうです・・・。

ちなみにボクは世界史の方が得意でした。地理がわからなかったからです。
なんで地理がわからないかというと、中学時代に地理を1回もやっていないからです。以前お話したように、ボクは中学2年で転校をしていますが、その際に学校間のカリキュラムの違いで歴史を2回受けるハメになってしまったんですよ。
なので地理はわかりませんが、歴史はかなり得意です!
中2当時はテスト勉強で、高校生の日本史の参考書なんかを読むだけ余裕がありました。

「災い転じて福となす」なんて言いますが、こういう事もあるんだなぁと思いました。


うちの高校の世界史の先生は、定期テストの作成が東大の論述問題を意識していると仰っていて、本当に東大世界史もどき(!?)がテストで出されてました(笑)
なので、細かい知識よりも、歴史を体系的に知っていて、それを文章にするという力を試されました。
先生はドラゴン桜が発売される以前から、「知識を暗記できるのは本当の力じゃない!

だから東大は、辞書のような学生はいらないと思ってこういう問題を作るんだ!」と仰っていました。

その先生というのがまた個性の強い方で、非常に面白い人なんですよね(^^)

今日はこれから生物と数学の復習をして寝ることにします。
ではでは、おやすみなさい(^^)
今、話題に上っている、高校での履修科目の不足によって卒業不可になるというニュース。
…つくづく悲惨に思います。もし自分がその立場になったら、パニクって先生方に当たり散らすでしょう。


私が高卒認定試験を受験するために、在学していた高校から単位習得証明書という書類を頂きました。
確認した所、
○授業で日本史Bをしたのに、日本史Bの単位は0、世界史Bの単位が2倍になっている(このため高卒認定試験では世界史B免除)
○物理の教科書を使って物理の授業をしたのに、物理の単位は0、理科総合Aの単位数が高卒認定理科1科目分免除相当の単位数。
どの先生もそんな説明してなかったのでびっくりしました。
しかし、このお陰で東大に近づきやすくなったのは言うまでもありません(笑)

私立高校だからできることなのかもしれませんが、公立高校の先生方にご一考を提案したいです。


しかし、今の高校は学校というよりは単なる受験勉強する場所に変わってしまったという批判もあります。
私も高校生としての知識を身につけるためにも、少しだけでもいいから必ず一通りの科目はやるべきだと思います。
高1のうちに受験に必要無い科目をやっておいてもいいので。(私の在学していた高校はそうでした)

その点、国公立受験生は受験科目も多いので、こうして単位修得で困ることは少ないだろうし、就職の際も「幅広い知識を持っている」と見なされ採用されやすいとも言うので、つくづく得なんだなと思いました。

長文失礼致しました。
意見を見ていてなんですが、高校の学習はすべて最小限度の教養なので、受験にいるだとか、いらないだとかに関係は無く、高校の先生がいつも言っている事ですが、高校の学習ぐらいは全部できないと駄目だと思います。
そのつぎに大学受験があるのではないのでしょうか?

肯定の意見が多かったので反対派の意見も、と思います。
こんにちは。この間英文法の事を聞いたリックリンです。(この間はありがとうございましたm(_ _)m)

で、今話題になっている社会科の履修の件ですが、私は「受験に囚われず色々な勉強をすべき」側です。
何故か、というと、これが話すと長くなるのですが…。

私は私立の高校に通っているんですね。で、その学校では、社会科は一教科しか履修出来ないことになっています。しかし…!私の目指している大学、東大文Tでは、二次試験に社会が2科目必要なんですよね。これは困った、一科目自力でやらなければ!ならない!

…と言う訳なのですが、ただ羨ましいだけなんですよね、2科目社会があるということに。
僕は東大を目指しているKHと言いますm(_ _)m
今回の世界史の履修に関しての事件についてなんですけど、僕はいくら受験前でも授業を受けるべきだと思います。なんか私立の学校では文系は数学をしないとか書かれてましたけど、国が決めた当たり前のことをしないから学力低下が言われるんではないんでしょうか??分数ができなかったり、イラクがどこにあるか分からないバカな大学生を生んでいるのは以外にもこういう学校のせいではないんでしょうか??
イギリスではロンドンに住んでいながら首都が分からない学生が多いらしいです。僕はその事を知ってバカだと思いました。しかし、日本の現状もそういった感じではないんでしょうか??
例えば僕は東大文3志望ですけど、理科がぜんぜん分からなく H2Oって何? 葉緑体って何? という東大生は大学に行って学んで世の中に貢献できるかと思うとそうは思いません。
受験は大事ですが、受験に必要ないからしないっていうのは低俗な話しです。だって、そんなことをいう学生にがぎって体育や芸術は必要とか言うと思いますから。
生意気なことを言ってもうしわけありません。でも、こういう意見もあってもたまにはいいのではないですか。
僕は高一です。K県の私立高校にかよっていますが、履修不足がうちの学校でも発覚しました。校長は集会を開いて話をしたんですが、校長は生徒にたいして頭もさげず、僕には悪いことを反省しているようには見えませんでした。僕はこんな先生たちが「進学校」をうたっているような学校に従っていていいのかとおもっています。僕の行動は今までよりは学校にたいして従順でなくなると思います。僕は進学校は大学進学を目標にし、少しでも有利な状況を作るように努力するところだと思います。許されるのならば科目を削って受験勉強に当てるのがよいと思います。でも、ルールを破るようなことをするのでは、それは大学受験をする資格がないと思います。受験生のみなさんは本当に気の毒です。出来るだけ受験に全力を注いでほしいです。
前にもメールをさせていただいた東大文T志望の高2男です。
こんばんは。
自分が社会科目の選択に関して思うのは
「受験で必要ないから履修しない」というのは間違っているということです。
確かに受験も大事ですが、受験のことしか考えないというのはどうなのでしょうか?

最近つくづく社会はそれぞれの科目で相互関連の著しいものだと思います。
しかも結構将来にも役立つことが多いと思います。
色々な意見が勿論あると思いますが、受験のことしか考えないというのはあまり良いことだとは思えません。
ここで出すのは非常に申し訳ないのですが、自分は文系ですが理系のクラスに入っています。
入った理由は理科に関する研究ができるクラスであるからということと、数VCや理科科目を履修しようと考えたことからです。
自分の学校(ちなみに国公立です)のカリキュラムは文系・理系とあまり分け隔てがありません。
さらに少し前までは理科が全科目必修でした。また戻そうという案も出ているそうです。
そんな感じでも毎年東大・京大・国公立医学部あわせて30人以上は合格しています。


話題が少しずれてしまいましたが、確かに受験も大事ですが、それしか考えないのはあまり賛成できません。

それと・・・社会科目の単位が足りない人たちが補習を受けなくても良いか、受けなくてはならないかは先生が決めるのではなくて文部科学省が決めることなのではない
でしょうか??進学実績を残したい学校の先生方は勿論受けなくても良いという方向に持っていきたいと思いますが。。
長文失礼しました。
こんにちは。この間、メールマガジンでも話題になっていました高校の偽装(でいいのかな?)問題ですが、なんと、私立なのにうちも監査にひっかかりました!今日の放課後、緊迫した顔の先生たちが掃除の時間のはずなのに『ホームで待機』というので、冗談で「うちらも科目足りなかったりして!」と笑っていると、本当にそうでした。しかもテレビで見ると、全員理科が一科目不足していて、社会も殆んどの人が足りないそうです。そこまでは、もういいんです。仕方ないです。自分達が頑張れば済むことです。でも、赦せないことがあるんです。
 私達の住んでいる県には、比較的伝統のある私立校が二校あります。そのうちの一校は、今回の監査では科目不足は無かったと言われています。ですけど、その学校に通っている友人が、『自分達も社会は一科目しか取っていない』と言っていたという人がいるんです!その人は真面目な人で、冗談とかでそういうことを言う人じゃありません。しかも、その学校は、一学年から社会を選択で行っているというのは周知の事実なんです。なのに足りないはずは無い!・・・・・・・・その学校は県下で一番の進学校です。
それは、本当にきちんと足りていたのかもしれないけれど、限りなく黒に近い灰色だと思います。本当にその授業をしていたか妖しいものです。実際に、叔母さんが言うには、その学校は「数学III」の授業中に、「数学I」を教えていたそうです・・・・・・・・・変じゃないですか。ずるくないですか?私たちはこれから不足分の授業を行わなければならないのに。実質的に学ぶことがない、内職だらけの授業になったとしても、今の時期に不足があったと言われるだけで精神的には辛いです。なのに・・・・・・こういうことを聞くと、是が非でも、東大に行く人たちにはこんなことを行わないようにして欲しいです。将来、政治に関わる人も教育に関わる人もいるのでしょうし。皆が納得できるような、結果になって欲しいと思っています。

by月
いつもタメになる情報を拝受している県立高校3年生のかえる侍と申します。
私の学校は県立高校なのですが、1年次で地理、2年次で世界史と1,2年で文系・理系も社会の必修科目を済ませるようになっています。
(私は1年地理、2年日本史、3年世界史で、受験時は日&世選択ですが^^;)

さて、今回の単位不足ですが、
70時間分の補習は、世間が言われているほど過酷なものではなく、一種のカルチャースクール的なものになるのではないでしょうか。
(生徒のためを思ってでしょうが・・・)明らかに教員側に過失があり、補習時間中に内職などを公然と行われる雰囲気が出来上がると考えます。
下手をすれば教師がただ喋っていて生徒は黙々と他の教科を勉強するというものになりかねません。

今まで必修科目の単位などについてあまり話題に上りませんでしたが、これを期に本当に必要な科目とは何なのかということについて少しでも議論がなされればなぁと感じました。
こんばんは!!亜弥香です!!履修不足についてですが、私は補習するべきだと思います。何も今すぐにという訳でわありませんが、いつになってもいいからするべきだと思います。受験に必要だからすると言うのではなくて、社会人になってからのことも考えて行動すべきです。私の学校は私立なのですが、1年は世界史、2年から文系は世界史・日本史から、理系は世界史・地理から選ぶようになっています。こんな仕組みになっているのですが、履修しろといわれている以上はしないといけないと思います。今までのをすべてしろと言うのは無理があるので、授業内容を短縮してすればいいのではないかと思います。そうすれば少しは受験生の負担を軽くすることができるのではないでしょうか??長々とすみません・・・。
世間をにぎわせている世界史等の履修についてですが、僕は補習等で履修すべきだと思っています。
受験で使わない〜とか、合格実績が〜とか、世間では
高校生の立場に立ったつもりで意見を述べている人が多いですけど、甘く考えている人が多すぎると思います。
「受験前なのに」という人がいますが、受験前であろうがそうでなかろうが、授業に費やす時間は一緒なのだから、むしろ行わないことで真面目に履修してきた人が馬鹿を見ることになります。
東大は誰でも「公平に」入ることができる大学ではなかったのですか?
勿論、東大に限らず、ですが。
決めたのは教師だから生徒に責任は無い、という人もいますが、実際に授業を受け、入試に臨むのは生徒自身です。
その生徒の授業体系に決定的な格差を生んでいるということ自体が大きな問題なのではないでしょうか?
今まで(無駄?な授業を受けずに)ドーピングをした状態で模試等にも臨んできていた人達が、
いざそれが発覚して「特例を認めろ」というのは無理があるのではないでしょうか?
私が思うに、この問題が起こった学校の生徒は被害者だと思います。なぜなら、生徒は何も関わっていないから。だから、文科省や学校は生徒を救済すべきだ。
時に、世間は必修科目の未履修問題であれやこれやですが・・・

ついに今日のTBSのニュースで名指しされてしまいました(笑)

都立トップ高集団は自校の東大進学者数で結構火花が散ったりするわけで、うちの高校も三年文系生徒は学校から教科書だけ買うように指示され、教育委員会には書類でやったことにする、と先生がニコニコと喋っていたのを思い出します。

まー、僕は理系なんで関係ないんですが、明日は急遽朝から全校朝会、昼から学年集会、夕方から保護者説明会をやるとかいう連絡網が回ってきました。

マスコミも来るんでしょうね。

ま、一つ言える事は公立高校はめんどくさいですね、ということでしょうか。
こんにちは!!  いつもメール楽しく読ませていただいています、Lです!
現在 教育者を目指す高1の者です。

さっそく、今回の履修不足問題について「異議あり!」です。      まず

一般的に学校教育で良いとされるのは「知育」「体育」「徳育」とされています。 

特に「知育」教育が重要です。      なぜなら・・・・・

今までの日本の発展は「知の伝承とその発展」によって前進してきたからです。

今回のような履修不足問題は先進国である日本の 「知」 の欠如に値する直

接的な出来事なのです!  
  
履修問題は受験や卒業問題までもなく、日本の知育教育の低下さえ露呈しています。 

知育教育必要性は「知の伝承」のためです。  

上記のように 日本の発展は「知の伝承とその発展」により前進してきました。   

その「知」の伝承がされなくなったら、発展はしません。  つまり 

「知」の欠如は国の衰退をも意味します。国家の品格で名を広めた藤原正彦は 

「文学、哲学、歴史、芸術、科学など何の役に立たないような教養をたっぷり身につけておくこと」と提言されています。  これが国の層になるからです。

この「役に立たないような教養」がなくなったら・・・と考えると、
単に未履修は補習で補う、で終わる問題ではない問題だと思います。
皆様もそう思いませんか?

以上、日本の知育教育について 大げさに書いたなぁと思う人もいるかと存じますが 今一度再認識して、 この事実を重く受け止めてほしいという願いであります。 
 
初めまして。
僕は都立のショボい非進学校に居るんですが、必修科目は履修しました。進学校だけが履修も補習も免除されたら不公平だと思います。そこで、高認で不足単位だけ揃えるのであればどこからも文句が出ないのではと思います。たしか11月に試験があったと思いますが、もしかしたらもう出願終了しているかもしれません。特例措置としてこの試験を受けさせてあげるというのがフェアと思います。高認で単位を取るのは全ての高校生が可能だからです。大学入試は公平な勝負であってもらいたいのです。
読みにくかったらすみません。いつもメルマガ楽しみにしてます。これからもよろしくおねがいします。
前にもメールさせて頂きました、僕は高2の男子です。

修学旅行で沖縄に来ているうちにかなりの大問題になっているようですね。

僕の学校は公立のしっかりと履修している学校で、去年は世界史、今年は地理を勉強しています。世界史も地理も先生に恵まれていて、様々な知識を頂いているのでなるべくやった方がいいと思います。しかし今からとなると話は別で、受験勉強に差し支えるし、定期テストでの労力は今まで受けてきた自分が一番わかっているつもりです…というかそんな短期間では無理です。

という事で、結論はやらない方がいいと思います。そして来年からはしっかりと履修して頂きたいです…やっぱり不公平ですから(笑

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これと似たような事で理科総合という教科があるのですが、この授業は理系科目の内容を少しずつ広い範囲をやろうというものなのですが、あまりに中途半端でつまらないものでした。
しかし友人の学校では理科総合の時間になんと化学の時間に当て、やっていたそうです!!
このような不公平はいろいろあるようですが、やっぱり公平にしてほしいというのが本音です。
こんにちは、○○です。話題になってますね、「履修不足」の問題が。僕なりの意見を述べますね。結論から言うと今から補習するのは反対です。世界史・・・これは非常に大切な科目だと思います。現代の中東あたりの争いも世界史の知識無しには語れませんしね、法学部に行く人はやっておくべき科目でもありますよね。世界史に限らず、今学校でやってる教科(副教科も含めて)。これも教養をつけてすばらしい大人になるためにとても大切だと思います。「受験にとらわれずいろいろ勉強すべき」と主張する人も同じ考えだと思います。ただ、「学校=教養をつける場所」では無いのです。「新聞を読んで、暇な時にいろんなジャンルの本を読む」これを実行するだけでかなり教養も知識もつくと思うし、学校で何もかも教えていたら、「学校の授業さえ聞いていればいいんでしょ!新聞なんか読まなくても!」って人が生まれてしまいますよ。僕の学校の先生が言ってたのですが、「現実は最良の教科書」です。学ぶべき場所は学校より、むしろその外!しかも受験の迫ったこの時期に受験科目と関係の無い科目を、早朝や放課後に授業するなんて、生徒の不安を煽るだけです。ここは特例を認めて、「朝三十分早く登校して、世界史についての参考書(赤坂の世界史講義など)を授業開始まで読みなさい(別に代々木のまわし者ではありませんよ!)」でも良いと思うんですよ。本を読むから現代文対策にもなりますし、それを、わざわざ教室に座らせて「人間が猿の時代」から授業をするなんて、「あ〜、かったるいなぁ!内職しちゃえ!」と言う人がかならずでてきます。今は少子化の時代ですから、堅苦しく「履修科目は絶対に、完璧にやりなさい!例外は認めません!」と決めるべきではないと思います、その方が「うちは進学校です!受験一直線です!」とか、「うちは就職重視ですよ!一流企業に就職できるような技能を授けます!」とか今よりもっと特色のあるスバラシイ学校がどんどんできるのではないでしょうか
早速本題ですが、私の学校では1年の時に世界史が必修でした。
その時は「何で受験で使わない科目をしなければならないのか」という不満を持っていましたが、このニュースがを聞いて腑に落ちました。
ただ文科省は生徒に決めさせる方がいいと思います。
なぜなら私は何を習ったかなど全く覚えてないからです笑
受験で使わないと思ってたので赤点ばかりでした。
しかし文科省にも評価すべきところがあります。
それは今から世界史の授業をやれということです。
これは世界史の授業を履修した生徒なら、ライバルが受験に無意味な勉強に時間を費やすことに関して必ず頭の片隅で喜んでいるはずです。
実際私も喜んでいます。
ただ東大に受かる人はそんな障害をものともしない、というのは阪神大震災時の灘高が証明してはいるのですが…苦笑
 
履修不足の件ですが
僕は生徒擁護派ですね。
むしろ受験に特化した学校を褒めてやりたいです。

別に世界史は大学入学後も学習できますしね。
寛大な処置を願いたいです。

追伸

すみません、言い忘れたのですが
真面目に世界史もやっていた生徒と比べると
アンフェアが生じるという点を忘れていました。

普段学校の先生は嘘をつくなと指導するのに
教育委員会に虚偽の報告とは呆れるばかりですね。

この問題は結構難しいですね。
しかし1番の生徒は被害者に感じます。

 
たとえば、物理の力学の知識があれば生物の浸透関連はスムーズに勉強できます。
生物だけ選択している人にとっては理解するのはかなり困難だと思います。

このように、知識が有機的に繋がったり、何かを習得する上で容易になる事だって
あるのですから、「関係ないから排除」とは、必ずしも言えないと思います。

…しかし、ここで少し思考を進めたいと思います。

確かに、受験科目ではないから勉強しないし教えないという考えは、
学校が教育機関である限りふさわしくない考え方かもしれません。
何故なら、その科目を通じて得るものがあると十分に判断される事を教える場が学校だからです。
昨日お話した世界史の先生も、「世界から見た日本を知って欲しい」と仰っていました。

学校は予備校ではない…という考えには大いに賛成です。

しかし、そもそも「何故、世界史を学ぶのか」を正確に、文部科学省が説明できるかどうかも疑問です。
世界史の存在意義って、何でしょうか?

例えば、教養的知識によって見識を広める事が目的なのであれば、学ぶ側に選択の自由を残すべきだと思います。
また、世界史の存在意義を考えて、それを高校生に教える意味が無いのであれば必修化するのはおかしいと思います。
そもそも、説明抜きに「指導要領だ、やりなさい」という事には無理があると思うんです。
先生に伝えているのかはわかりませんが、少なくとも学ぶ側の生徒には伝わっていません。
受験科目でないなら、なおさら説明は重要だと思います。

学校は予備校では無いという意見には大賛成です!予備校ではありません!
…でも、同時にcram school(塾)でもない気がします。
何故学ぶのかの意義がわからない。それでいて「受験に関係ないけど詰め込め!」というのは暴論だと思います。
それじゃあ、とりあえず詰め込んで試験を突破させるcram schoolと何が違うのか?という事になってしまいます。

ちなみに、ボクはちゃんと学ぶ理由を説明されました。
その世界史の先生が世界中で撮った大量の写真(ボスニアで、その後互いを殺しあうハメになった友達同士、
東南アジアの町並み、社会主義国家のボロボロな有様などなど)と共に、いかに世界史を学ぶことが重要なのかを教えて頂きました。
ボクはそれで非常に重要だと思ったので、きちんと納得して真面目に世界史を受けました。
世界史で、本当に色々なものを見る目が変わったような気がします。

今日も長くなってしまいました(^^;
疲れているので所々変な文章になったり、まどろっこしい事になっている部分もあるかもしれません(苦笑)
ではでは、失礼します。

追伸

夏合宿の時にも話したと思いますが、たまに話をする
イスラエル人との会話から、日本がいかに平和なのかという事がわかります。
「いや〜、この前家の近くにロケット弾が打ち込まれて友達がたくさん死んじゃったんだよ。」
というような事を、さも日常の事のように話してきます。学校に行ける事も、自由に外出
できる事すら羨ましいと言われました。
でも、イスラエルとパレスチナの問題について世界史で触れていなかったら、
おそらく「大変なんだね〜」という事しか言えなかったと思いますし、
彼の「それでもボクは人を殺さない」という一言も、きっとわからなかったと思います。

2000年の争いはもう止めにしたいという彼の言葉を、きっと深くはとらえられなかったと思います。

もちろん、このような人とお話をする高校生ばかりでは無いとは思います(^^;
でも、今日も歴史を引きずって死んでいく人が大勢居て、そういう過ちを二度と
しないためにも歴史を知る事は、これから世論を形成し、少なからず国政に関わる
「未来の大人」たるボクたちにとっては重要な事だと思います。

・・・でも、「何で重要なのか?」がわからない現状のままでは、理系の世界史は
意味なしだとも思います。

なんだかグチャグチャになってしまいましたが、文科省にボクが望むのは、
いまの受験学年の子に対する寛大な措置と、受験外科目の必要性の説明です(^^;

 
私はすべきだと思います。なぜなら余程のことをしない限り学校側の体制は変わらないからです。しなければ学校側の罪悪感、そして緊張が和らぐでしょうし、ケジメをつけて二度とないようにした方が良いと思います。

生徒だって、授業に内職する権利はあるのですから、その権利を使えば良いまでです。
 
私は理系ですが社会は世史日史現社政経の4つ授業がありました。しかもセンターで使う倫理は独学です。
今の日本の教育事情では、私たちは、大学に入るための勉強を、無駄なく、せざるをえません。大学に入れたかが、これからの人生をも左右する世の中です。現状は、受験勉強なるものをしなくてはならないのです。このような状況では、たとえ世界史を必修にしても、必死に取り組む人は多くないと思います。
しかし、今の決められたルールを破った学校は、いけません。たとえ形式だけでも、規則破りは償うべきです。受験は都会と田舎など、不公平があるのは当然ですが、公立高校間、まして同じ県内で差があるのは、どうなんだと思います。よって補習をすべきだと思いますが、その補習中に生徒が内職をするのは目に見えており、やはり結局、学問には程遠いものになりそうです。
勉強や教育とはとても難しい問題であり、受験勉強をしていると、勉強って何だろうと思うときがあります。でも、大学に入ったら、したい勉強ができるんだって自分に言い聞かせています。。

つまりまとめると、
今回履修不足だった学校は補習を行なうのが当然である。
しかし受験にいらないというだけで、興味があるなぁと感じる機会や余裕すら奪う、今の教育はよくない。
です。
 
僕はS県のM高校3年生です。
今日、全校集会で校長先生が単位不足について謝罪をされました。
僕の高校では世界史Aを履修はしているけれど単位が足りていないという問題があるらしく、センター後の自由登校の期間をその補習にあてる予定でいるようです。そのことについて、僕の意見を聞いてください。
まず、だれが単位を不足させたのか。学校側がその授業時間分を他の科目に回したために単位が足りなくなったのなら回した分を元に戻せば補習などしなくてもいいと思いますし、初めから授業時間が足りなくて削らざるを得なかったのならそれは規則を定めた国の責任であるから今更単位のために授業を増やす必要もないと思います。どちらにしても、責任をとらなければいけないのは国、県そして学校であって、生徒の責任ではないということです。補習という言葉がでてくること自体そもそもおかしいと思います。
次に、補習を行う時期。
僕の高校はセンター後の自由登校をさせるつもりはないとまで言い出しました。まだ学校側は誰に責任があるか理解できていないようです。
自由登校は二次試験に向けて勉強に励むことのできる最終ステージであるにも関わらず、何故邪魔をしようとするのか理解に苦しみます。もし補習をしなければならないのなら僕なら後期試験が終わった後に好きなだけさせてあげるのに、と思っています。
長くなって申し訳ないです(^^;
 
履修不足の話です。率直な意見を言わせて下さい。
国はいまから補習をしろと言い、ニュースで校長の話をきく限りでは補習を実行する姿勢のようで。俺から言わせれば「ふざけるな!」の一言ですね。国は偏った勉強はだめだから、いまからでもしろと言っています。
しかし、受験生のこの時期はなによりも大切。この時期から死ぬ気でラストスパートをかける人も多いはず。その大切な時期の時間を、「偏った勉強はだめ」の一言で奪いとるのはあんまりじゃありませんか!
受験生の勢いをぐっと押さえ込んでしまうことに繋がるじゃないですか!偏った勉強とか、そんな甘いこと言ってられないんです!受験生は!
ですから、補習はなくすべきだと思うんです。国がどうしてもというのなら、履修不足の教科の授業で、テストに絶対にだすとこを2、3問言って、その2、3問だけテストにだすとか、とりあえずなんらかの配慮はしてほしいものです。
というか、そうしないといけないのではないのでしょうか。受験生のための、せめてもの謝罪として…。

追伸

受験生の視点に立てばわかることなのに…学校が悪いのは当たり前ですが、国ももう少し考えてくれればいいのにとは思いますね…

 
中2のシューティングスターです。
この事件のことですが、自分が行きたいと思っている県内公立トップ進学校(といっても東大10名くらいのところですが。田舎なのです。)
でも同じことがされていた、とニュースでやっていたのでびっくりしました。
その学校のHPでカリキュラムをみたら、理系・文系問わず世界史は2年で必修
になっていたんですが・・・実際は違ったみたいです。
受験生にとっては刻でしょうね。ラストスパートの時期に関係ないものはやってられないと思います。文部省等で認めてくれないのですかね〜いざとなれば
大学へ入った後でも勉強できると思うんですが・・・
 
僕は高校で受験に関係ない教科を確かにやりましたが,高校で学んだことは全く覚えてません!僕は出来が悪かったというのもありますが,ぎりぎりとは言え無勉で単位をとることができました!授業中も内職や昼寝で先生が授業に関係ない面白い話をしている時しか聞きませんでした!社会は現社,政経,日本史,世界史をやりましたが,前の2つは一般常識で,後の2つは中学の知識でいけました!中学で学ぶんだからそれだけで十分だと思います!もっと現状を見てもらいたいものです!興味のない事を好き好んで勉強する人はいないと思います!僕の周りの人も受験に関係ない教科は成績が悪い人がたくさんいます!ちなみに僕が卒業した高校は一流大学に毎年現役で合格者を数人出す公立の進学校です!進学校でも無勉で単位をとれるくらいなんですから,そんな授業をやる意味があるのかもう一度よく考えて欲しいものです!  
いろいろなコメンテーターの人のコメントを聞いてて思ったんですが、このような問題がうまれたのは学歴社会のせいだと思います。
例えば国家T種や会社の採用などは学歴で決まる部分が多いのは事実です。
某コメンテーターの言葉を引用しますが(問題ないですよね)
「文部科学省のゆとり教育を推進した奴らの子供は私学に行ってるくせに、ちゃんと履修科目はやれと公立の進学校にいえるのか。まずは自分の子供を公立に行かせてから言え。」って事には共感できます。
あとは、今の大学の入試制度の改善も必要だと思います。
まぁ僕の学校にはこの問題は関係ないのですが、文部科学省の政務官やトップクラスの人は名門の私学出身でしょうから履修どうのこうので困ったことはないのでしょうね。
 
 「受験のために必要な勉強だけをすべき」
「受験にとらわれずいろいろ勉強すべき」

という意見が出回っているそうですが、
個人的にはどちらも教育としてはオカシイと思います。

どちらも教育する側の意見であって
教育されるか、或いは学ぶ側の意見ではないでしょうし。
強いて言うなら前者は灘や開成の生徒たちが言うかもしれません。

しかしいずれにしても、
教育の責任を負えるほどのスキルをもった人材が少ないのが実情ではないでしょうか。

経験的に、まともな教師に出会ったことはありません。

どの教師も、先ほどの意見も兼ねるようですが、
「やれ」とは言いますが、
具体的にどのように何をするのかを教える人はせいぜい灘や開成くらいの進学校にいる教師陣だけのはずです。

そうすると「勉強はしたい人だけしなさい」という今の日本の教育方針を同時に立証できます。

教えられる人がいないんです。

だから教えない。

僕の高校なんか物理ではモーメントが飛ばされていたし
数学では相加相乗平均も飛ばされていました。

教える人がいないのではなく、
「教え“られる”人が居ない」からです。

意味、わかります?
 
初めてメールします。私は現在浪人して東大を目指しています。私は埼玉の県立高校出身(県内では有名)で、履修不足はありません。むしろうちの高校は流行に逆行して(?)、履修する科目が多すぎでした。私は文系だったのですが、理科は一年次に地学T・生物T、二年次に化学T・物理T、三年次はセンターで使う人のみの履修で、社会は、一年次に政経・地理B、二年次に世界史B・日本史B、三年次に倫理を履修するカリキュラムになってました。それに加えて数学も文系なのにCまでやらされました。(京大をうけるとき困らないようにらしいです)。兎に角うちは、こんなにやっていたわけです。さて、履修不足問題について、皆さんの意見を踏まえての私の意見を述べさせていただきます。生徒に責任がないから助けてあげるべきという意見には賛成しかねます。簡単な理由で、ルールを破ったからというだけです。破ってない人より破った人が優遇される、おかしいですよね。この大事な時期に…という方々もいますが、他の人が履修してると
きに、受験対策をしてたわけだから関係ありません。受験に関係ないからやらないというのは、もったいなさ過ぎる。高校でわざわざルールを破って受験対策しなくても、浪人すれば、履修不足なんて考えずに勉強できますよ(笑)
浪人中にこんなことをやっていていいのだろうか〜頑張ります!
 

 

 

大学生
公立高校出身 私立高校出身
どうもお久しぶりです。○○です。
もう大学生活にすっかり慣れ、生活を楽しんでいる毎日です。
さて、富山の学校で世界史を取ってなくて、卒業できないという記事についてちょっと意見を書かせてもらいたいと思います。
この時期になって、新しい項目を取るということはかなりばかげた話で、生徒、特に理系にとっては迷惑でしかないと思います。自分の場合この時期には、配点ウェイトが低い世界史は、もう捨てていて、授業時間も他の科目を勉強していました。そして、どちらかというと現代社会に力を入れていたと思います。
何とかこの場合、特例を出して欲しいなと感じています。
以上が僕の意見です。

追伸

必修漏れのニュース全国に広がってますね。やはり、マスコミの力はすごいなぁと改めて感心します。(いじめの問題でも、全国に広がりましたし)
あのニュースをやってた朝、大学の同級生が、地理1科目しか受けていなくて、
入学取り消しになったらどうしようかと悩んでいました。
そこらへんの措置はいったいどうするんでしょうかね?
少し気になります。

今日の夕刊にもまだそういった高校があった、という記事が載っています。

でも今回の事件は公立高校で起きたからもめてるだけで私立は暗黙の了解として認められてることなので、本腰入れて調査したらまだまだでてきそうです。
僕自身は私立でしたが、塾でチューターをやっているので公立の話も聞きます。公立と私立の違いの一例をあげましょう。
・私立は学校行事は高2が主役だが、公立は高3が主役。
・私立は授業中内職とよばれるような、こっそり自分の勉強をすることはない。
(その授業の科目をつかわないで受験する場合、勉強しないで単位がみとめられるから他の教室で勉強することが認められている。僕は生物は受験で使わなかったので授業はきいていないし、テストは名前しか書いていないですが、単位は認められています)
ほんとはまだあるんですが母校が摘発されるのはかわいそうなんでこれくらいにしときますが、まだまだまだまだあります。

学校も進学実績をあげようと必死なのはわかりますが、こういったことがまかり通るのもどうかと思います。学校は人格形成の場であるべきだと思うのですが・・・受験の悪いところですね。

 

 

社会人
はじめまして、今回の世界史の授業については、これが問題になったことに驚いています。

私の卒業した高校でも、世界史の授業がおこなわれなかったと新聞発表がありました。



私は高校を卒業して30年以上になります、ですから時効ということで、発信させていただきます。

私が高校生の時にも、文系と理系で授業の調整はありましたよ。

成績順のクラス編成で、理系クラスは倫理社会の授業はまったくありませんでした。

当時一期校・二期校の受験体制の時代で、受験に必要な者は暗記科目だから、

受験直前に自分でやればいい、というような調子でした。


それにしても、「生徒に良かれとしてやったことだ」ぐらいの気概のある発言はないものでしょうか。

文化省の指導要領に従っていない点では確かに問題です。

しかし、生徒の為の現場の判断で、校長と教員の責任においてこうしてきた、それが悪いというなら

今後教壇に立てない、ぐらいの思いの先生はいらっしゃらないのでしょうか。

そんなことを期待するのは、それこそ現実的には難しいのでしょうね。


卒業式は3月1日が多いのですが、これを3月15日ぐらいにして、

受験が終わってから集中授業と言うのはどうでしょう。

                                             匿名太郎 拝

初めてですが、書かせてもらいます。
これから未履修の科目を履修させるかどうかという話ですが、これは履修させるべきであると思います。少なくともその履修していなかった学生は受験に使用する科目にのみ時間をかけられていたわけで、他の受験に不要な科目を履修していた真面目な学生が不利になるということはあってはならないと思います。正しい行為をしている人が損をする事態は絶対にあってはならないと思います。
ただその正しくないズルイ行為をしていたのは学校であって生徒ではありません。その点本当に学校を信頼して頑張っていた生徒が不利になるのは、これもまたあってはならないことだと思います。(ただ、もし学校が違法行為をしていることを黙認していた学生がいたならそれは容赦したくはありませんが・・・。)
そこで結論としては未履修科目は履修させるがその必要な履修時間を少なくすることで折り合いをつけるくらいが現実的な案かと思います。

また少し主題とは離れますが、なぜ今になってこの問題が浮かび上がってきたかが自分には不思議でなりません。今まで気付いていた人はどこかに居たはずであり、しかも地方の地元新聞では何度か問題になって取り上げられていた、という話も聞きます(自分で調べたわけではないので断言はできませんが)。どこか今まで圧力がかかって表沙汰になっていなかったものが、何かの拍子でマスコミに取り上げられてしまい、教育委員会も対処せざるを得なくなったのではないか、と思ったりします。
乱筆乱文お許し下さい。
 

こんにちは。私は富山県の高校に通っていました。社会科の履修不足(単位取得不足)で卒業ができないという問題が起こっていますが、私の高校生の頃(もう10年近く前になりますが)、こんなことはありませんでした。私が通っていたのは県内でも「御三家」と呼ばれる進学校だったのですが、社会科も理科も受験科目に関係なく授業が組まれていました。私が進学した大学では受験科目は英語(もしくは数学のどちらか)だけでしたが、今から思えば受験に関係なく履修すべきであると思います。というか、どうして学校側がこのような初歩的なミス
をしてしまったのかが疑問なのですが・・・。
東大は全科目が受験に必要ですから、トータルな力が求められます。一方では、特に私立校だと受験科目が限定されます。しかし受験勉強と関係なく、全教科ちゃんと履修することは、学問的に重要だと思っています。本来なら大学受験全体が、東大のようにトータルな力を求めるものにならなければならないのではないかと思います。
 

私は高校2年生まで東京大学を目指していましたが、志半ばで挫折をしてしまい、結局筑波大学に進学しました。今は、一般企業に勤めている傍ら、親戚の子供の家庭教師をしているので、こういった情報はとても役に立ちます。また、自分の受験生時代にこういったメールマガジンや漫画があれば自分自身も最後まで東京大学を目指していたかもと思います。

さて、今回の履修科目の問題ですが、私の個人的な意見をつづらせていただきます。

私も高校時代は進学校でした。地理歴史は日本史をしていましたが、世界史は3年生の1学期に授業を受けたのみで2学期以降は、日本史の授業進行が遅れていたの関係で世界史の時間は日本史に切り替わりました。なので、世界史は中国史とインド史しかしていません。

ニュースを見て一番に感じたのは、生徒、先生、教育委員会、文部科学省等それぞれが意見を述べていますが、内容に関しては、それぞれ正論を述べていると思いますが、共通していることは、責任の所在をほかのところに転嫁してしまっているということです。ある意味、全員が被害者という状態になっていて、自分は悪くないと主張しているように感じます。今回のニュースとは直接的には関係がありませんが、当たり前のことが当たり前にできなくなってきていると感じます。

当然、それぞれのおかれている状況や立場からの意見もあると思いますが、もっと考えなければならないことがあるのではないでしょうか。制度や体制を変えたとしても結局手を変え品を変えで同じような問題が今後発生するように感じます。今回の事件をきっかけになぜ学ぶのか、学校はどういうところなのかといった根本問題を見つめなおすきっかけになればと感じています。
直接、現場とは関係のない立場からの意見ですので、いろんな批判や意見があると思いますが、外部からの意見として受け止めていただければ幸いです。

私は理系で、大学は数学科でした。選択した理由は「数学が好きだから」です。単純なことですが、問題を解くことができる喜びを感じてしまったのです。当然、入試問題を多く解きましたが、受験のための勉強というのは受験生時代もあまり意識したことはありませんでした。ただ身につけた知識を正しく使いたいだけでした。そういう喜びを中学、高校の時代に多くの生徒が感じていただければと思っています。

長くなりましたが、今回のニュースで感じたことをつづらせていただきました。

○○ ○○
 

若いときは広く浅く勉強するべきです。
それで、受験で必要とか
むちゃくちゃおもしろくてもっと知りたいと思ったら、
深く勉強すればいい。
若いとき、その好奇心の窓口になってくれるのが学校です。
学校は人を育てることをもっと意識して、受験に関係なく
若い人にいろいろ教えてほしいです。

学校で勉強することは、
大人になってから学ぶことの
土台になるのです。
「こんなの覚えたって意味ないじゃん。」ってことが、
おばさんになってから「あっ、そうか。」ってわかることがあるんですよ。
英語、私は苦手でした。
おばさんになってからも日常では英語は必要ではありません。
でも、あるとき、タイ語を勉強することになりました。
タイ語って、文字も独特だしね。
覚えるの大変だと思っていました。
でも、それほど抵抗なく会話を覚えられました。
(簡単な会話ですが。笑)
それはなぜか。
英語で苦労した経験があったからだと思うのね。
英語はできないけれど、
それでも語学を学ぼう! という回路が
脳にできていたわけですね。

人って死ぬまで学び続けるのだと思います。
そして、知識や常識に境目はないと思います。
(教科や学科が決まっているのは、便宜上かな。)
おばさんになっても、普通の主婦でも
新発見の毎日です。
いろんな分野で活躍している人も
日々努力して自分を高めているでしょう。
また、知識をもとめられるでしょう。
若い人はなおさら、
いろんなことに挑戦してほしい。
そして自分の意外な面をみつけたり、
可能性を広げてほしいです。

受験が大事なのはわかります。
でも受験科目以外の事も大切にしてね。
知識がないことで、
自分の世界観、人生観が狭まっていたとしたら、
人生、損しますよ。

今回の事件で被害者は受験生です。
教育関係者の寛大な措置を望みます。
受験が終わってから授業をするとか、
資料を読んでレポートを書けばいいとか、
大人の知恵を働かせてください。
 

 

たくさんのご意見ありがとうございました。